No.0731:棚卸をし、丸腰になったときこそ
「どう生きるか つらかったときの話をしよう」
・野口聡一著
・アスコム刊
「後悔なく生きるのは宇宙に行くより難しい」からです。
- 野口聡一
- 日本の宇宙飛行士
- 1956年神奈川県茅ヶ崎出身
- 東京大学先端科学技術研究センター特任教授
- 日本大学理工学部航空宇宙工学科特任教授
- 「コロンビア号事件」「仲間の死」「自己否定」「他人と比べてしまう苦しみ」
そこから再出発し、たどり着いた「自分らしく生きること」の本質を描く
■著者曰く、「自分自身の心の中、あるいは人生に向き合っていくのはもしかしたら宇宙に行くより困難な旅かもしれません。
この本が、一人でも多くの人にとって、自分らしく後悔の無い人生を送るきかっけになること願っています」。
●NO728「宇宙に行って人生観は変わりましたか?」
⇒宇宙に行って、果たして自分の人生観が変わったかどうか確信が持てないけれど人々の期待に応え、「変わった」と言わなければならない。そんなギャップ、違和感を抱えながら・・・。
●NO729「宇宙一暗い宇宙飛行士だった?」
⇒自分はいらない人間なんだ、と苦しんだ10年間。
●NO730「後悔なく生きるために大事にすべきこと」
⇒後悔なく生きるのは宇宙に行くより難しい。
●NO731「棚卸をし、丸腰になったときこそ」
⇒本当に大事なことが見えてくる。
■「でんごんばん」こぼれ話。
●初めて宇宙空間に出て驚いたのは、音がないことです。
音は空気の振動によって伝わります。空気の無い宇宙空間に音がないことは知っていましたが、実際に体験する宇宙の無音は想像以上でした。
⇒なんだか怖そう。
●2003年2月1日に起きた、アメリカのスペースシャトル「コロンビア号」の事故。
コロンビア号は28回目のフライトを終え、地球に帰還する途中でしたが打ち上げ直後に断熱材の一部が破損していたため、大気圏に再突入する際テキサス州とルイジアナ州の上空で空中分解してしまったのです。この事故で犠牲になった7名の宇宙飛行士のうち3人は、僕の同期生でした。
⇒著者にとって死を身近に感じた大きな悲しい出来事。
棚卸をし、丸腰になったときこそ
●カーリング女子日本代表の吉田知那美(ちなみ)選手と対談した時に聞いた話は非常に興味深いものでした。カーリングが盛んな北海道北見市で育った吉田選手は中学時代から日本選手権で活躍し、高校卒業後はカナダ留学を経て北海道銀行に入行し、カーリングチーム「北海道銀行フォルティウス」に加入。同チームは2014年のソチ冬季五輪の日本代表チームとなり5位入賞を果たしました。
●ところがオリンピックが終わり帰国した直後、吉田選手は所属していた北海道銀行フォルティウスから
戦力外通告を受けてしまいます。賞賛の世界から、突然、無視の世界へ。
カーリング一筋に生きてきた吉田選手は大きなショックを受け、チームだけではなく、勤めていた銀行も退職。カーリングから離れようと北海道から飛び出し各地を放浪してまわりました。
●戦力外通告を受けてから4か月後。放浪の結果、「それでも自分はカーリングを続けたい」と実家に戻った吉田選手に声をかけたのは、北見市を拠点とするカーリングチーム「ロコ・ソラーレ」の設立者である本橋麻里選手でした。
(本橋麻里選手については、「2019年12月13日(金))の「でんごんばん」「コミュニケ―ションはデータの蓄積・Oから1をつくる 地元で見つけた世界での勝ち方」を参照ください。)
「女性アスリートは結婚や出産がマイナスに考えられがちだけど夢をいつ叶えるか、その順番は自分で決める。このチームはそれでいい」という本橋選手の言葉に励まされカーリングに全力を注ぐのではなく「人生の中にカーリングがある」と考えるようになった吉田選手はロコ・ソラーレに所属。弱さや弱点を「個性」と呼んでくれる本橋選手のもとで弱い自分をも隠さずにカーリングを楽しむことができるようになりました。同チームは、2018年の平(ぴょん)昌(ちゃん)冬季五輪で銅メダル、2022年の北京冬季五輪で銀メダルを獲得し、2023年にはアジアのカーリングで初めてグランドスラム優勝を飾るなど大活躍しています。
●「カーリング選手である」という社会的な役割や自分の居場所をいったん奪われたにもかかわらず、最終的に吉田選手に残ったのは「それでもカーリングを続けたい」という想いでした。
地位や評価、居場所、収入などのためではなく自分のアイデンティティの核となるもの、自分が本当にやりたいことがカーリングだった。他者から与えられたものを失い、自分の棚卸しを余儀なくされて初めて吉田選手はそのことに気づいたのです。それは「自分自身の、本当の想い」だと言えるかもしれません。
棚卸をし、丸腰になったときこそ本当に大事なことが見えてくる。
●僕は、人生は宇宙へ行く体験に少し似ている気がします。「宇宙へ行く」というと、多くの人は「未知のこと、楽しいことをたくさん経験できる」と思うかもしれませんが僕は、宇宙に行くことの本質は引き算の世界を体験することにあると考えています。スペースシャトルに乗って宇宙に飛び立つと地上で当たり前に手にしていたものがどんどん失われていくからです。
まず、家族や友人と会えなくなります。次に、太陽や宇宙線から自分の身を守ってくれる地球の大気圏がなくなります。
宇宙には空気がないため音も聞こえなくなり、宇宙服を着て宇宙船の外に出ると、触覚が失われます。夜になると真っ暗闇になるため、視覚も失われます。
とにかく、五感を含め、さまざまなものが奪われていくのです。しかし、そこで初めて気づくこともたくさんあります。
同様に、多くの人は年齢を重ねると、社会での地位や役割、収入、仕事やプライベートの人間関係など、それまで当たり前のように手にしていたものを少しずつ失っていきます。
その後で自分の中に残るもの「自分は何が好きで、何を大事に思っていて何ができるか」に気づくこと。これが自分の棚卸をすることであり、本当に自分らしい人生はそこからスタートするのではないかと僕は思います。
●1970年4月、アメリカ合衆国の3度目の有人月面飛行のため打ち上げられたロケット「アポロ13号」は、途中で酸素タンクが爆発し電力と水の不足に見舞われ、地球への帰還さえ難しい状況に陥りました。
しかし、あらゆる可能性が絶たれた中、唯一利用できた月着陸船の降下用エンジンを使ってロケットの軌道を修正することでミッションは果たせなかったものの、全員が無事に地球に生還することができました。
人生においても、環境の変化や何らかの危機が訪れた場合、そのときに自分が持っているものをなんとか活用して対処するしかありません。
棚卸をし、「自分が持っているもの」を把握しておくことは「いざというとき」に備えることでもあるのです。
⇒「アポロ13号」については、1995年トム・ハンクス主演、ロン・ハワード監督の映画「アポロ13号」に詳しく描かれています。興味のある方は、ご視聴を
次回の「でんごんばん」は、
『人はどう老いるのか』医者はホントは知っている楽な老い方、苦しむ老い方
久坂部羊著。講談社現代新書刊から。
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