No.0729:宇宙一暗い宇宙飛行士だった?
「どう生きるか つらかったときの話をしよう」
・野口聡一著
・アスコム刊
「後悔なく生きるのは宇宙に行くより難しい」からです。
- 野口聡一
- 日本の宇宙飛行士
- 1956年神奈川県茅ヶ崎出身
- 東京大学先端科学技術研究センター特任教授
- 日本大学理工学部航空宇宙工学科特任教授
- 「コロンビア号事件」「仲間の死」「自己否定」「他人と比べてしまう苦しみ」
そこから再出発し、たどり着いた「自分らしく生きること」の本質を描く
■著者曰く、「自分自身の心の中、あるいは人生に向き合っていくのはもしかしたら宇宙に行くより困難な旅かもしれません。
この本が、一人でも多くの人にとって、自分らしく後悔の無い人生を送るきかっけになること願っています」。
●NO728「宇宙に行って人生観は変わりましたか?」
⇒宇宙に行って、果たして自分の人生観が変わったかどうか確信が持てないけれど人々の期待に応え、「変わった」と言わなければならない。そんなギャップ、違和感を抱えながら・・・。
●NO729「宇宙一暗い宇宙飛行士だった?」
⇒自分はいらない人間なんだ、と苦しんだ10年間。
●NO730「後悔なく生きるために大事にすべきこと」
⇒後悔なく生きるのは宇宙に行くより難しい。
●NO731「棚卸をし、丸腰になったときこそ」
⇒本当に大事なことが見えてくる。
■「でんごんばん」こぼれ話。
●初めて宇宙空間に出て驚いたのは、音がないことです。
音は空気の振動によって伝わります。空気の無い宇宙空間に音がないことは知っていましたが、実際に体験する宇宙の無音は想像以上でした。
⇒なんだか怖そう。
●2003年2月1日に起きた、アメリカのスペースシャトル「コロンビア号」の事故。
コロンビア号は28回目のフライトを終え、地球に帰還する途中でしたが打ち上げ直後に断熱材の一部が破損していたため、大気圏に再突入する際テキサス州とルイジアナ州の上空で空中分解してしまったのです。この事故で犠牲になった7名の宇宙飛行士のうち3人は、僕の同期生でした。
⇒著者にとって死を身近に感じた大きな悲しい出来事。
宇宙一暗い宇宙飛行士だった?
●宇宙から帰って来た自分には、その後ほかの宇宙飛行士が次々に脚光を浴び、自分が打ち立てた記録が更新されていく中で「自分はもう必要とされていない」「自分には価値がない」と感じ「あれだけ夢中になっていたことは一体何だったのか」「それに価値がないとすると、自分の存在意義は何なのか」という思いにさいなまれるようになり、何もやる気が起きなくなってしまったのです。
苦しみは、40代半ばから50代半ばまで、約10年間続きました。寂寥感(せきりょうかん)や喪失感(そうしつかん)を抱えたこの10年間は、僕にとって「つらいことだらけの時代」でした。当時の僕は、おそらく宇宙一暗い宇宙飛行士だったのではないかと思います。
●宇宙に行くのはあくまでも「体験」にすぎず宇宙に行ったからといって聖人君子になれるわけでもなければ宇宙に何度行ってもみつからないもの、わからないこともあります。たとえば、「自分は何者なのか」「自分は何のために生きているのか」「自分はどこに向かっているのか」「後悔のない人生を送るためにはどうしたらいいのか」といった問いへの答えは、宇宙に行っただけではわかりません。
もしかしたら「宇宙よりも遠い」といえるかもしれない自分の心の中への旅を通して、僕にはようやくわかったことがあります。「他者の価値観や評価を軸に、『自分はどういう人間なのか』というアイデンティを築いたり、他者と自分を比べて一喜一憂したり他者から与えられた目標ばかりを追いかけたりしているうちは人は本当の意味で幸せになれない」
「自分らしい、充足した人生を送るためには、自分としっかり向き合い自分一人でアイデンティを築き、どう生きるかの方向性や目標、果たすべきミッションを自分で決めなければならない」
「自分がどう生きれば幸せでいられるか、その答えは自分の中にあり自分の足の向く方へ歩いていけばいい」ということでした。
●僕の苦しみの根本的な原因は「自分はどういう人間なのか」「自分が本当にやりたいことは何か」といったことを他人の価値観や評価を軸に考えていた点にありました。
「宇宙飛行士になりたい」「宇宙に行きたい」という目標はもちろん、自分自身で決めたものですが、宇宙飛行士になる過程でも宇宙飛行士になってからも、僕は常に他者と比較され、他者に評価され他者から与えられた目標・ミッションを追いかけ、他者の思惑や組織・社会の事情に左右され、自分自身でコントロールできる部分はほとんどありませんでした。また僕自身、自分の内面としっかり向き合った
うえで「自分はどういう人間なのか」「宇宙に行った後、どうしたいか」を考えたことはありませんでした。
自分一人でアイデンティティを築き、人生の方向性や目標、ミッションを決めるという経験をせず、他人の価値観や評価に身を委(ゆだ)ねてしまうと、たとえ競争に勝って目標を達成しても組織の中で成果を出して認められても、目標を達成したり組織を離れたりすると同時に自分のアイデンティティや生きる方向性を見失ってしまいます。
本当に後悔しない人生を送るためには、どうすればいいのか。
宇宙飛行士に限らず、誰にとっても、後悔なく生きるのは非常に難しいことです。僕自身、いまだに、真に自分らしい生き方を求めて悪戦苦闘している最中です。人はいつか必ず死が訪れるし、自分の死をコントロールすることはできない。でも、天寿を全うするまで、自分の命、自分の人生を主体的に動かすことはできる。朝、起きた時に命があれば、その日一日の命、その日一日どう生きるかを自ら考え、実行することはできる。
自分自身の心の中、あるいは人生に向き合っていくのはもしかしたら宇宙に行くより困難な旅かもしれません。でも、その旅を通じて、わたしたちは自分自身で自分のアイデンティティを築き、どう生きるかの方向性と目標、果たすべきミッションを見けることができるのです。苦しかった10年間を経て、ようやくその答えが分かった僕は定年をむかえる前にJAXAという組織を離れ自分の足で歩きだす決心をしました。
次回の「でんごんばん」は、
『人はどう老いるのか』医者はホントは知っている楽な老い方、苦しむ老い方
久坂部羊著。講談社現代新書刊から。
コメントを送信