No.0735:アルジャーノンに花束を
今週の「でんごんばん」は
『人はどう老いるのか』医者はホントは知っている。楽な老い方、苦しむ老い方
久坂部羊著
講談社現代新書刊
(Amazonサイトへ)
- 久坂部羊(くさかべ よう)
- 1955年大阪府生まれ
- 小説家・医師
- 大阪大学医学部卒業
- 大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)で麻酔科医
- 在外公館で医務官として勤務
- 「廃用身」(幻冬舎)で2003年に作家デビュー
- 「祝葬」「MR」等著書多数
- 2014年「悪医」(朝日新聞出版)で第3回日本医療小説大賞を受賞
■著者曰く、「本書はこれから老いる人や、すでに老いている人の中である程度、心に余裕のある人に向けて書きました。余裕はあるけれど老いや死についての心配も絶えない。そんな人に読んでいただければと思います」。
■病気治療や健康に関して、医者が特別な能力を持っていないことは医者なら誰でも知っています。多くの同僚や先輩、後輩が、がんになり脳梗塞になり、パーキンソン病になり、心筋梗塞になり、認知症にもなっているからです。
■NO732「直球勝負の老い方指南」
⇒誰もが「老い」の初心者。大事なのは予習です。
■NO733「医は仁術ではない」
⇒医療も商売(経営)。
■NO734「認知症高齢者に論破される」
⇒吉本新喜劇かいな?
■NO735「アルジャーノンに花束を」
⇒なにが幸せか分かりません。
■NO736「今を味わいましょう」
⇒生涯、準備ばかりをしている?
「でんごんばん」こぼれ話。
- 故日野原重明氏「人はえてして自分の不幸には敏感なものです」。
- ⇒逆に言えば、「幸福には鈍感」ということです。幸福に敏感になろう!
- 死後の世界が存在するなら、はじめの二百年くらいは我慢できるでしょうが二千年、二万年と続くと、退屈のあまり消えてなくなりたくなるのではないでしょうか。それは死に関しても同じでしょう。人はだれでも自分が死ぬことを知っている。だけど、今、死ぬわけではない。そう思っている人は、自分はいつまでも死なないと思っているのと同じだということです。
- だから、多くの人が死が目前に迫ると、想定外の不安に陥り、焦り、動揺し混乱して苦しむのです。では、どうすればいいのか。
- ⇒著者曰く、「うまく老い、上手な最後を迎えるためには、いずれも受け入れることが大切なのですが、それがいちばんむずかしいこともわかっています。そして、優秀だった人ほど、老いを受け入れられない」と。幸い小生は優秀ではないので、すんなりと老いを受け入れられそうですが。(笑)
アルジャーノンに花束を
■病気はどれもイヤですが、特にこれだけはなりたくないと多くの人が思うのは、がんと認知症ではないでしょうか。がんは死ぬ危険性が高いし、認知症は自分がなくなるような恐怖がありますから敬遠されるのです。
しかし、認知症にはほかの病気などと決定的にちがう側面があります。それは病気になったあと、病気であることを認識できないということです。わからなければ恐れる必要も悔やむ心配もありません。
■そこで思い出すのは、ダニエル・キイスの名作「アルジャーノンに花束を」(1959年SF)です。この小説は先天的に知的障害のある主人公のチャーリイが特殊な治療を受けて高度な知能を獲得する話ですが皮肉なことに、知能が回復したことで、それまでわからなかったいじめや意地悪、軽蔑や悪意に気づき、せっかくできた恋人との関係も歪んで孤独に陥るという悲劇を描いています。
そして小説のオチとしては、治療の効果が徐々に薄れもとの知的障害にもどることで、チャーリイは世間の非難や自らの不如意がわからなくなり、ある種、無理解の平安に帰還するという結末です。
すなわち、知的障害も必ずしも悪くない、むしろ不自然に改善させることが悲劇を生むというブラックな内容なのですが、なんだかいい話のように世間は受け入れているのが、私にはずっと不思議でした。
認知症も知的障害にもどったチャーリイと同じで、認知症でない人が感じる不安や恐怖、軋轢(あつれき)や葛藤(かっとう)から開放されるのですから、決して悪い状況ではありません。
■認知症の人がいかに気楽で安楽か、例を紹介しましょう。
デイケアにはときどきボランティアの演芸会があり、踊りの専門家が来てくれたことがありました。
高齢者が喜びそう日本舞踊で、着物姿の師匠が優雅な舞を披露してくれました。Iさんも盛んに拍手していたので、出し物が終わったあと、私はIさんの所に行って、「ずいぶん熱心にご覧になっていましたね。よかったですか」と聞きました。
するとIさんは、「何が?」と聞いたのです。「いや、今の踊りですよ」「あら、踊りなんてなかったですよ」それを聞いた同じテーブルの利用者さんがぎょっとした顔でIさんを見ました。
私も驚いて、「今、やってたじゃないですか」と言うとIさんは平気な顔でこう返してきました。「あら、そう。わたしは見なかったわ。残念なことをしたわね」
たった今見たものを、きれいさっぱり忘れてしまう。その鮮やかさには、ある意味、感心させられました。
認知症の人が今にしか生きていないといわれる所以(ゆえん)です。これなら過去を悔いることも、嫌な記憶にムカつくことも、まだ起こっていない心配事に頭を悩ませることもありません。認知症になり切ってしまえば、不安も忌避感(きひかん)もすべて消える。認知症になるといっさいが消えて、“今”だけの存在になるのです。
⇒「アルジャーノンに花束を」は、映画では「まごころを君に」(1968年)の題名で上映されました。主演のクリフ・ロバートソン(1923年~2011年)は、この映画でアカデミー賞主演男優賞を受賞しています。2006年のリメイク映画は今一つですが、1968年の映画はお薦めです。
日本でも、2002年にユースケ・サンタマリア主演。2016年に山下智久主演でTVドラマ化されております。
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